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京都地方裁判所 平成7年(行ウ)22号 判決

原告

丸田千寿

右訴訟代理人弁護士

三重利典

久米弘子

村松いづみ

吉田眞佐子

被告

京都府知事

荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士

前堀克彦

右指定代理人

岩松浩之

外一〇名

主文

一  被告が原告に対し平成七年四月五日付でした児童扶養手当受給資格喪失処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨。

第二  事案の概要

本件は、婚姻によらないで子を懐胎出産した原告が、その父から子に対する認知があったことを理由として被告の行った児童扶養手当受給資格喪失処分が違法・違憲の児童扶養手当法施行令一条の二第三号の規定に基づく違法なものとして、その取消を求めたものである。

一  争いのない事実

1  原告は婚姻(事実婚を含む。)によらないで懐胎し、昭和六二年八月二一日に子(以下「原告の子」という。)を出産し、現在までこれを監護しているものである。原告の子は平成六年一月二六日にその父から認知された。

2  原告は昭和六二年九月に被告に対し児童扶養手当法(以下「法」という。)に基づいて原告の子について児童扶養手当認定の請求をし、被告から原告の子が同法四条一項五号、同法施行令(以下「施行令」という。)一条の二第三号所定の「母が婚姻(婚姻の届け出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童」として扶養手当の受給資格を認定され、同手当の支給を受けてきた。ところが、被告は平成七年四月五日付で原告に対し、原告の子が平成六年一月二六日に認知されたことを理由に児童扶養手当の受給資格が消滅したとして児童扶養手当受給資格喪失処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  原告は平成七年五月八日に法一七条に基づいて被告に対し異議申立てをしたが、被告から同年七月五日にこれを棄却する決定を受けた。

二  関係法令等の内容

1  法(児童扶養手当法)

(この法律の目的)

一条 この法律は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図ることを目的とする。

(用語の定義)

三条一項 この法律において「児童」とは一八歳に達する日以後の最初の三月三一日までの間にある者又は二〇歳未満で政令で定める程度の障害の状態にある者をいう。

三項 この法律にいう「婚姻」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含み、「配偶者」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含み、「父」には、母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含むものとする。

(支給要件)

四条一項 都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する児童の母がその児童を監護するとき、又は母がないか若しくは母が監護をしない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育する(括弧内は省略)ときは、その母又はその養育者に対し、児童扶養手当(以下「手当」という。)を支給する。

一  父母が婚姻を解消した児童

二  父が死亡した児童

三  父が政令で定める程度の障害の状態にある児童

四  父の生死が明らかでない児童

五  その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの

二項 前項の規定にかかわらず、手当は、児童が次の各号のいずれかに該当するときは、当該児童については、支給しない。

一  日本国内に住所を有しないとき。

(二から七は省略する。)

(認定)

六条一項 手当の支給要件に該当する者(以下「受給資格者」という。)は、手当の支給を受けようとするときは、その受給資格及び手当の額について、都道府県知事の認定を受けなければならない。

三項 第一項の認定を受けた者が、手当の支給要件に該当しなくなった後再びその要件に該当するに至った場合において、その該当するに至った後の期間に係る手当を受けようとするときも、前二項と同様とする。

(支給の期間及び支払期月)

七条一項 手当の支給は、受給資格者が前条の規定による認定の請求をした日の属する月の翌月から始め、手当を支給すべき事由が消滅した日の属する月で終わる。

(異議申立て)

一七条 都道府県知事のした手当の支給に関する処分に不服がある者は、都道府県知事に異議申立てをすることができる。

2 児童扶養手当法案に関する附帯決議(衆参両議院社会労働委員会)(以下「本件附帯決議」という。)

政府は、本制度の実施にあたっては、その原因のいかんを問わず、父と生計を同じくしていないすべての児童を対象として、児童扶養手当を支給するよう措置すること。

3 施行令(児童扶養手当法施行令)

一条の二 法第四条第一項第五号に規定する政令で定める児童は、次の各号のいずれかに該当する児童とする。

一  父(母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様にあったものを含む。以下次号において同じ。)が引き続き一年以上遺棄している児童

二  父が法令により引き続き一年以上拘禁されている児童

三  母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)

四  前号に該当するかどうかが明らかでない児童

4 憲法

一四条一項 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

5 市民的及び政治的権利に関する国際規約

二条一項 この規約の各締結国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。

二三条一項 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。

二四条一項 すべての児童は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、国民的若しくは社会的出身、財産又は出生によるいかなる差別もなしに、未成年者としての地位に必要とされる保護の措置であって家族、社会及び国による措置についての権利を有する。

二六条 すべての者は法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等かつ効果的な保護をすべての者に保障する。

6 条約法に関するウイーン条約

二七条 当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。

三一条一項 条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。

7 児童の権利に関する条約

二条一項 締約国は、その管轄の下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する。

三条一項 児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。

七条一項 児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。

八条一項 締約国は、児童が法律によって認められた国籍、氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉されることなく保持する権利を尊重することを約束する。

二六条一項 締約国は、すべての児童が社会保険その他の社会保障からの給付を受ける権利を認めるものとし、自国の国内法に従い、この権利の完全な実現を達成するための必要な措置をとる。

二項 1の給付は、適当な場合には、児童及びその扶養について責任を有する者の資力及び事情並びに児童によって又は児童に代わって行われる給付の申請に関する他のすべての事項を考慮して、与えられるものとする。

8 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約

一条 この条約の適用上、「女子に対する差別」とは、性に基づく区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。

一六条一項 締約国は、婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし、特に、男女の平等を基礎として次のことを確保する。

(d) 子に関する事項についての親(婚姻をしているかいないかを問わない。)としての同一の権利及び責任。あらゆる場合において子の利益は至上である。

三  争点

1  施行令一条の二の三号の規定中の括弧内「(父から認知された児童を除く。)」との定め(以下「本件除外規定」という。)はその無効を判決で宣言することができるものか。また、本件除外規定は法四条一項五号による委任の範囲を超える違法のものであるか。

2  本件除外規定は憲法一四条に違反する無効のものか。

3  本件除外規定は「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下「自由権規約」という。)二条一項、二三条一項、二四条一項、二六条、二七条に違反する無効のものか。

4  本件除外規定は「児童の権利に関する条約」(以下「児童の権利条約」という。)二条一項、三条一項、七条一項、八条一項、二六条に違反する無効のものか。

5  本件除外規定は「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(以下「女性差別撤廃条約」という。)一六条一項(d)に違反する無効のものか。

6  本件除外規定は認知請求権を侵害する違法無効のものか。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(本件除外規定の性質等と司法権の判断限界)について

1  被告の主張

(一) 法四条、六条によれば、児童を監護する母等が手当受給権を取得するには、同法四条所定の支給要件を具備するとともに、六条一項所定の都道府県知事の認定を受けなければならない。他方、同法四条、七条一項の規定等からして、四条一項所定の要件に該当しなくなった場合、同条二項ないし四項所定の要件に該当した場合には手当受給権が消滅する。

そして、法は都道府県知事の行政処分である確認処分によって支給事由が消滅したことを認定し、手当の受給資格を消滅させることとした。

(二) 本件除外規定は手当支給の消極要件を定めたものではなく、本文と一体となって「母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されていないもの」を手当の支給対象者と定めたものである。本文と括弧書からなるとの体裁をとったのは立法技術上の要請によるものにすぎない。このことは以下の点からして疑問がない。

(1) 法四条一項五号は同項一号ないし四号とともに手当支給の積極要件を定め、同条二項ないし四項がその消極要件を定めている。したがって、法四条一項五号の委任を受けた施行令一条の二各号は積極要件のみを定める権限を持つのであるから、消極要件を規定していないし、これを規定したときは委任の範囲を超えるものである。

(2) 施行令一条の二の柱書、同三号の規定の内容、文言形式は前記のとおりであり、法四条二項ないし四項のように「……に該当するときは、支給しない。」などとなっていない。

(3) 同法施行規則一一条、様式第九号は、施行令一条の二第三号に相当する事由を「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されていないもの」と規定している。

(4) 立法担当者も、専ら保護対象者を画するものとして施行令一条の二第三号を制定しており、本件括弧書きで消極要件を定めるという認識は全くなかった。

(5) 原告は、要するに、施行令一条の二の三号が婚姻外の児童であるということのみによって同児童に受給資格を与えたものと主張するが、そのような解釈は法四条一項各号及び施行令一条の二各号が父の状態に着目して手当の受給資格を定めている法及び施行令の構造と相いれないものである。

附帯決議は一般的には政治的要望にすぎず、法的拘束力を持つものではない。また、本件においては、立法者の意思が婚姻外の児童すべてに手当の支給をせよとするものであれば、本件附帯決議を必要としなかったから、これがあること自体、立法者の意思が婚姻外の児童すべてに手当の支給をせよとするものではないことを端的に示すものである。

(三) 裁判所が施行令一条の二の三号のうちの本件除外規定のみを無効とすることは、司法の判断権の限界を超えるものであり許されない。

例えば、特定の者に広く社会保障法上の給付が認められている一方、その一部の者について当該給付が制限されているような場合(各種の年金の併給禁止の場合)に制限規定が憲法一四条に違反するとしてその無効宣言をすることは裁判所の権限に属する。

しかし、これと異なり、特定の要件を具備する者にのみ社会保障給付を支給すると定められている場合に、憲法一四条に違反するとして他の類型に属する者にも支給を求める旨の宣言をすることは、別個の支給要件の創設を求めることにほかならず許されない。

これを本件に即していうと、法が「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されていないもの」を監護する母に手当を支給すると定めているにすぎないのに、裁判所が、「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されたもの」を監護する母にも手当を支給するとの規定があるものと同視されるような判断をすることは、同趣旨の規定を創設するものにほかならず、三権分立の立場からも許されない。

2  原告の主張

(一) 施行令一条の二の三号は「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童に支給する。但し、児童が父から認知された場合には支給しない。」というような規定と同一であるから、本件除外規定は手当の支給の消極要件である。

(二) 同施行令一条の二の三号は「母が婚姻によらないで懐胎した児童」に手当を支給する旨の規定であるから、制限・排除の規定である本件除外規定を無効としても、基本・本文に戻って「母が婚姻によらないで懐胎した児童」が認知された児童を含めて支給対象となるにすぎず、別個の支給要件を創設することにはならない。

実質的にも、母が婚姻によらないで懐胎した児童が離婚した両親を持つ児童と同じ処遇になるだけで、新たな政策的な判断を必要とはせず、別個の支給要件を創設することにはならない。

(三) 法は、法律上又は事実上の父の存否、扶養義務の有無にかかわりなく「父と生計を同じくしていないすべての児童」(本件附帯決議)を手当の支給対象とし、法四条一項五号によりその状態にある児童の定めを施行令に委任したのであるから、「認知された婚姻外の児童」を対象外とした施行令の一条の二の三号中の本件除外規定は法の委任の趣旨にも、法の趣旨目的にも反する違法のものである。

(四) 法は、生別母子世帯についての社会保障制度を設けるべきであるとの議論を直接の契機とし、生別母子世帯と同様の社会的、経済的な状況にある世帯に対しても同様の施策を講ずべきであるとの考えも取り入れ、国民年金制度とは別に制定され昭和三七年一月から施行されたものである。

法一条は母子家庭に手当を支給すると明示しているから、法四条一項が支給対象を限定したと考えるのは誤りである。このことは昭和三六年の立法当時の政府委員、国務大臣の趣旨説明、本件附帯決議、それに関する政府委員においても明確に表現されており、その後の国会において本件除外規定の内容が承認されたこともない。

二  争点2(憲法一四条違反)について

1  原告の主張

本件除外規定は憲法一四条に違反し無効である。

(一) 本件除外規定は、婚姻(事実婚を含む。)外の子で認知された児童を社会的な地位又は身分により婚姻(事実婚を含む。)を解消した母に監護される児童と比較して差別的な扱いをするものである。

(二) 法は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の経済状態に着目して手当の支給要件を設けたもので、これと扶養義務を負う父の存否とは関連付けていない。したがって、扶養義務を負う父が現れたことによって手当を打ち切ることは同法の趣旨にも反し、前項の差別をする合理的な理由にはならない。

父の認知があった場合に扶養が実際に必ず始まるというものではない。また、法四条一項各号は「生活環境の悪化」を指標として受給資格を規定したものではないし、認知を「生活環境の好転」と見ることもできない。

そもそも認知を受けた児童が婚姻(事実婚を含む。)を解消した母に監護される児童と比較してより恵まれた生活環境にあると見るべき社会的、経済的な事実基礎もない。認知の有無をもって父の有無の基準としたことも、行政の便宜によるのであり、合理性がない。

また、被告は、大阪高等裁判所の判決を根拠に、法四条一項一号から四号及び施行令一条の二の各号の定める児童を「父の存在」と「父の不存在」により分類し、施行令一条の二の三号の規定が合理性を有するかのような主張をするが、そのような二分類をすることの合理的な理由はない。法四条一号から四号の定める児童も、法律上又は事実上は父が判明しているとの意味では、すべて「父」は存在するし、実質的な存否の観点からすると、いずれも「父」は存在しないであろう。施行令一条の二の一号、二号についても同様である。したがって、このような区分をして本件除外規定を含む施行令一条の二の三号の合理性をいうことは当を得ない。

(三) 社会保障給付をめぐって憲法一四条違反が争われる場合には、経済的な事案における判断基準より緩和された基準によることは許されず、立法目的とその達成手段との間に実質的な合理的関連性が存することを要求する「厳格な合理性」基準を用いるべきであり、この点からしても、施行令一条の二の三号の違憲性は明らかである。

(四) 本件では、すでに存在する児童扶養手当制度を認知された婚外の児童に適用しないことが憲法一四条に違反するかどうかが争われており、制度の新設の場合と異なって、国の財政事情、高度の専門的技術的な考察、政策的考慮も必要ではなく、立法府の広範な裁量を許す必要はない。特に、本件におけるように法律から委任を受けた政令による立法においては広い裁量は許されない。

2  被告の主張

(一) 憲法二五条等による社会権の保障は、手当制度を含め一定の限度で経済的・社会的不平等を是正して、実質的平等を実現しようとするものであるから、憲法一四条に基づく平等原則の適用に際し、立法府の裁量を尊重すべきであって、その裁量権の行使に明白な逸脱・濫用があり、著しく合理性を欠く場合に限って同条に違反するとすべきである。

なお、原告の主張する「厳格な合理性」基準は本件では妥当せず、制度の創設の場面とすでに存在する制度の審査の場面で判断基準を異にする理由はない。

(二) 当初児童扶養手当制度が予定していたのは母子福祉年金の補完機能を営む生別母子対策であり、婚姻外の児童は本来保護対象者として意図されていなかった。その後、昭和六〇年に保護対象者を明確にするために、これを法律で直接規定し、生活環境の悪化を想定できない婚姻外の児童を保護対象者としない法改正案が国会に提出されたが、この改正は実現しなかった。

法は、児童の父の状態に着目し、「生活環境の悪化」が共通する児童を定めた四条一項一号から四号の場合を基本的な保護範囲とし、婚姻外の児童を保護対象者とするか否かについては政令制定者の裁量にゆだね、一項一号から四号の児童に準ずる状態にある児童で政令で定めるものをも保護対象者とした。しかし、政令制定者はその裁量の範囲内で、法が本来予定していた保護の範囲をやや拡張し、認知の有無という客観的な指標に基づき「父に認知されていない婚姻外の児童」のみを保護対象者としたことについて、裁量権の逸脱・濫用があるといえない。

(三) 父に認知されない婚姻外の児童と父に認知された婚姻外の児童を区別して手当の支給対象に差異を設けたことには合理的な理由があり、立法府に委ねられた裁量判断の限界を超えないから、施行令一条の二第三号は憲法一四条一項に違反しない。

(1) 法は一条でその目的を掲げているが、「父と生計を同じくしていない児童」すべてを手当の支給対象とするという政策を採用せず、法四条一項各号に該当する児童のみを手当の支給対象とし、同五号で一号から四号に規定する児童に準ずる児童の中から手当の支給対象となる児童の類型を指定することを政令制定者の裁量に委ねた。

(2) 法四条一項一号から四号は、①父が存在するがその父に児童を扶養することを期待することが困難な類型の児童、②父が存在しないために父による扶養を受けることができない類型の児童を手当の支給対象とし、施行令一条の二も、①の類型の児童と②の類型の児童として支給対象とした。

(3) このような法と施行令の関係からすると、施行令一条の二の三号の規定する児童は、父が存在しないために父による扶養を受けることができない場合である法四条一項二号又は四号に準ずるものである。

②の類型の児童は、父の不存在それ自体から「当該児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与する」ために手当を支給する必要性が類型的に肯定される場合であるから、②を指標として、児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲を画することは、それなりに合理的なものである。そうすると、その反面として、父の不存在という指標に該当する事実がなくなった場合(すなわち父が存在するに至った場合)には、類型的に手当の必要性がなくなったものとすることも、それなりに合理的なものということができ、このような判断は立法者の裁量の範囲内に属するものであって、憲法一四条に違反するものではない。

(四) 原告は、父母が婚姻を解消した児童を監護する母等には手当が支給されるのに、父から認知された婚姻外の児童を監護する母等には同手当が支給されないなどとして憲法違反があるとの主張をしているが、このように一つの制度の一部に生じた差別を個別に取り上げ、これだけを比較し十分合理的な根拠がない限り直ちに憲法一四条に違反すると解することは相当ではない。

そして、①法四条一項一号から四号及び同法施行令の一条の二の一号、二号が児童の「生活環境の悪化」に着目して手当を支給することを定め、父から認知された婚姻外の児童には「生活環境の好転」があったともみることができる。②手当は、父母が婚姻を解消した児童の場合でも父の収入から扶養が期待できる場合には支給されない(法四条四項)から、婚姻外の児童についても同様の考慮をすることは当然に許される。③婚姻外の児童をすべて保護対象とすると、逆に父母が婚姻を解消した児童、父母の法律婚が事実上解消された児童と比較して、逆の差別を生じる。これらの事情からして、施行令一条の二の三号が「合理性がない」とはいえない。

三  争点3(自由権規約違反)について

1  原告の主張

本件除外規定は自由権規約二条、二六条、二四条に違反し無効である。

(一) 自由権規約の各条項は条約法に関するウイーン条約二七条、三一条、三二条に則って解釈されなければならない。自由権規約二六条に基づく保障は、緊急事態においてはその権利を停止することができるが、一般的にこれを制限することはできず、日本国内法におけるような「公共の福祉」による制限には服さないし、被告が本件で主張するような「消極的な要件」であるかどうかによる制限はない。社会権についても、これについていったん立法があれば自由権規約二六条の適用がある。

(二) 自由権規約二六条においては、差別の基準が合理的かつ客観的であって、同規約の下での合理的な目的を達成する場合に限り差別が許されるが、単なる行政上の便宜は差別を正当化できないし、手段と目的との均衡性が要求され、差別が必要最小限でなければ許されない。本件除外規定に言う「婚姻外の児童のうち認知されたものを除く」との基準は、客観的に合理的でなく、同規約二六条において差別的とされるものというほかない。

(三) 本件除外規定は、自由権規約二四条一項の「未成年者としての地位に必要とされる保護の措置であって」「国による措置についての権利」に関連して同規約二四条一項及び二条一項に違反し、国がとる手当受給に関する法令の制定及び適用について同規約二六条に違反し、同規約二三条の「国による保護を受ける権利」に関連して同規約二条一項にも違反する無効のものである。

2  被告の主張

(一) 条約の解釈適用権限は、第一義的には締約国がこれを有し、規約人権委員会の一般的見解は我が国の裁判所に対し法的拘束力を持つものでない。したがって、我が国の裁判所が自由権規約の規定を憲法の人権規定と同じ趣旨であると解したとしても、それ自体何ら法的問題はない。

(二) 自由権規約二四条一項、二六条の規定は、あらゆる差別をすべて禁止する趣旨ではなく、合理的な理由に基づく区別を許すものであり、憲法一四条一項は法の下の平等を定めているが、社会権についても及ぶから、憲法一四条一項と同規約二四条一項、二六条とは趣旨を異にしない。

そして、憲法一四条一項は、絶対的平等を保障するものではなく、相対的、比例的な意味での平等を保障し、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものである。実質的には、憲法一四条一項が許容する合理的根拠に基づく区別であるかどうか、自由権規約二四条一項、二六条が許容する合理的根拠に基づく区別であるかどうかは、判断基準において同じである。

(三) 本件除外規定が憲法一四条一項に違反しないことは先に述べたとおりであり、同様の理由から自由権規約二四条一項、二六条にも違反しない。

四  争点4(児童の権利条約違反)について

1  原告の主張

(一) 本件除外規定は児童の権利条約二六条に定める「社会保障から給付を受ける権利」、二条一項に定める「差別の禁止」に違反するほか、同条約三条一項の規定からして、行政当局及び裁判所は、母が懐胎時に「非婚」であり、父の認知を受けた児童が、父と生計を同じくしていない状況にあっても、一律に手当の受給資格を奪う本件除外規定を無効と判断するべき義務がある。

(二) 後に述べるとおり、本件除外規定は、婚姻外の子の認知請求権等を侵害する実質を持つから、同条約七条一項、八条一項に違反する。

2  被告の主張

(一) 児童の権利条約二条一項の趣旨は憲法一四条一項と同じである。同条約二六条一項は当該権利の実現を漸進的に達成することを求めるものであって、手当の支給に関し、母子家庭の児童については一律に受給資格を認めることまでを要求しているものではなく、児童及び扶養義務者の資力・事情を考慮して受給要件を設定することを予定している。

そうすると、本件除外規定が同条約二六条に反するということはできないし、同条約二条一項の「差別」に当たるということはできない。

(二) 同条約三条一項は、児童に関する措置をとるに当たって踏まえるべき一般原則を規定したものであり、さまざまな要素を考慮に入れた結果、仮に児童の不利益になるような措置がとられることも、必ずしも排除されるものではない。

(三) 施行令一条の二の三号に該当する児童が、父に対し認知を求めるかどうかを意思決定する際、その母において児童扶養手当の支給を受けられなくなることが考慮事情となることがあるとしても、認知請求権の行使を否定するものではないから、児童の権利条約七条一項、八条一項に反するものではない。

五  争点5(女性差別撤廃条約違反)について

1  原告の主張

本件除外規定は女性差別撤廃条約一六条一項(d)に違反する無効のものである。

2  被告の主張

女性差別撤廃条約は、一条の規定からして、男性と女性との間に存在する差別の撤廃を主眼とするものであり、本件除外規定は男性と女性との間で異なる取扱いはしていないから、同条約違反の問題は生じない。

六  争点6(認知請求権侵害)について

1  原告の主張

(一) 母子世帯の収入額(平成四年における生別母子世帯の一人当たりの収入額は一般世帯の約三分の一)、生別母子世帯の手当の受給状況(同世帯の84.7パーセントが受給している。)、離婚母子世帯と養育費の支払状況(「現在も支払を受けている」が14.9パーセント)等は甲12のとおり、母子世帯の所得の内容等(手当の割合が高い。)等は甲14のとおり、母子世帯の生活保護基準と手当(昭和六三年における京都市域の母子世帯の母の仕事による収入は最低生活費のほぼ六割相当額にすぎない。)は甲17のとおりである。

また、平成五年度の手当受給者数は五七万四八四四人で、未婚の母子世帯は三万一九六四人である。同年度末における未婚の母子世帯の推定数は三万七五〇〇世帯であり、受給率は85.2パーセントである。同年において未婚の母の児童が認知されたことを理由とする受給資格喪失処分は三二五人、平成六年では三四三人である(甲16)。平成六年度の手当受給世帯数は五八万七二三二世帯で、うち母子世帯数は五五万五九〇四世帯であり、現に生活保護を受けた母子世帯数は五万三五九七世帯である。

右のように、未婚母子世帯を含む生別母子世帯の収入は極めて低く苦しい生活実態にあり、手当は同母子世帯の生活を支える重要な機能を担っている。そして、未婚母子世帯においては、離婚給付がないことから、その所得・生活実態が離婚母子世帯より一層貧困であり、手当の重要性はさらに大きい。

(二) 婚姻外の児童が認知されればその母等が手当の受給資格を失うとの制度のもとでは、未婚の母は、受給手当受給資格を失い生活に困窮することを承知のうえで認知の請求をするか、生活を優先させて認知請求の行使を控えるかの二者択一の選択を迫られ、実際上は、前記統計からも窺えるように、後者を選択せざるをえないような状況にある(このような二者択一の選択を迫る制度は公序良俗にも反する。)。

本件除外規定は、児童福祉法一条、三条等にも反するうえ、認知請求権を侵害する違法無効のものである。

2  被告の主張

施行令一条の二の三号の下で結果的に児童の認知の請求をするか、手当を受けるかの二者択一の選択を迫られるとしても、これは認知されていない婚外子を手当の支給対象としたことによるものであるし、現に手当の支給を受けているか否かは認知請求権の消長に影響を及ぼすことはないし、そのことにより認知請求権の行使を妨げられることはない。

第四  争点1に関する当裁判所の判断

一  施行令一条の二の三号の趣旨について

1  被告は、施行令一条の二の三号の「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)」の規定を「母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されていないもの」を手当の支給対象者と定めたものであり、本文と括弧書の体裁をとったのは立法技術上の要請によるものにすぎないなどと主張する。

しかし、施行令一条の二の三号は、本件除外規定以外の文言によって「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童について手当を支給する。」と定めたうえ、本件除外規定によって「ただし、父から認知された児童については認知のときから手当を支給しない。」と定めた規定であると考えるのが正当である。以下、その理由を述べる。

2  法の趣旨、目的、各規定の文言等からして、法四条において一項本文と同項各号とがあいまって手当の受給資格の発生原因とその発生時期(法六条二項の「手当の支給要件に該当するに至った日」)を定めたものと理解することができる。すなわち、同条一項本文と一号によって「父母の婚姻解消」という点に着目し父母が婚姻を「解消した児童」(仮に「A群児童」という。以下手当受給資格の発生がある児童群を総称しても「A群児童」という。)と「そうではない児童」(仮に「非A群児童」という。以下受給資格の発生がない児童群を総称しても「非A群児童」という。)とを区分し、A群児童に「父母の婚姻解消」時(ただし、これが児童の出生に先行する場合は「出生時」となろう。父母の婚姻後、母が懐胎しその出産前に離婚等した場合である。)に手当受給資格を発生させると定めた。同条二号においても同様に「父の死亡」に着目し「父の死亡」したA群児童に「父の死亡」時(前同)に受給資格を発生させた。以下、同条三号において「父の障害状態」に着目し「父の障害状態」が所要の程度に達したA群児童に所要の程度に「達した」時(前同)に受給資格を発生させた。同条四号において「父の生死の分・不分明」に着目し「父の生死の不分明」が生じたA群児童に生死の不分明が「生じた」時(前同)に受給資格を発生させた。

法四条一項五号によってA群児童の範囲等の定めを委任された施行令も一条の二本文と同条の二の各号とが一体となって手当受給資格の発生原因とその発生時期を次のように定めた。すなわち、同条の二の一号において「父による継続的な遺棄」に着目し「父による継続的な遺棄」が一年以上に及んだA群児童に一年に「及んだ」時に受給資格を発生させた。同条の二の二号において「父の継続的な拘禁」に着目し「父の継続的な拘禁」が一年以上に及んだA群児童に「及んだ」時に受給資格を発生させた。

以上のいずれにおいても、A群児童と非A群児童との区別(分類)の標識も、受給資格の発生時期も一義的であり、解釈上の疑義はない。ところが、同条の二の三号については検討を要する点が多い。

3  被告の主張する立場では、施行令一条の二の三号は柱書(冒頭部分)とあいまって手当受給資格の発生要件とその発生時期(ただし、明確な主張はなく、全体の文脈から読み取ることができる程度のものではある。)を定めたものということになろう。

この立場で(二)で述べたと同様の手法で、同条の二の三号の規定を分析すると、同規定は児童の「一定の態様=婚姻の内外の出生」とともに(「と同時に」でもあろうか。)「認知」に着目し、「婚姻外出生」であるとともに「認知」のない児童に受給資格を発生させたものと理解することになろう。この場合に、当該A群児童が法六条二項の「手当の支給要件に該当するに至った日」はいつと理解すべきであろうか。

この場合のA群児童は「認知されていない」のであるから、認知を手掛かりとして発生時期を定めることは困難であり、法三条一項、四条一項等の各規定にもかんがみると、受給資格を得る「児童」には胎児を含まないと考えるべきであるから、右の場合には「出生時」に受給資格を発生させたと見るほかないであろう(ただ、被告の主張する要件事実を前提とすると、法六条一項の認定請求時と考えるのが、「認知されていない」との要件事実を審査した結果を反映することができるから、その主張に最も忠実であるというべきかもしれない。しかし、そうすると、同条二項の「前項の認定請求は、手当の支給要件に該当するに至った日から起算して五年を経過したときは、することができない。」との規定と明らかに整合しないし、その余の要件規定とも整合しない。)。また、「母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されていないもの」をA群児童とすると、非A群児童はどのような児童群であろうか。論理的には「母が婚姻によって懐胎したもの」と「母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されたもの」の両者を含むというべきであるが、被告は後者のみを主張しているので、前者についてはここでは論じない。

そこで「母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されていないもの」をA群児童とし、「母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されたもの」を非A群児童とすると理解しても、出生時の児童群を認知(ただし、民法七八三条一項による認知を除く。)の有無という標識によってA群児童と非A群児童に区別することができるか。

4  民法七八三条一項は「父は、胎内に在る子でも、これを認知することができる。」と定め、この規定による認知(以下「胎児認知」という。)があった場合には児童の出生時に胎児認知を指標として前項のA群児童と非A群児童を区別(分類)することはできる。なぜなら、児童の出生時に児童の「出生」と「認知」という二つの事態の存否が確定しているからである。

しかし、被告の主張(例えば、争点2に関する被告の主張(三)(3)において「②を指標として、児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲を画することはそれなりに合理的なものである。そうすると、その反面として、父の不存在という指標に該当する事実がなくなった場合《すなわち父が存在するに至った場合》には、類型的に手当の必要性がなくなったものとすることも、それなりに合理的なものということができ」るとしており、暗黙のうちに「認知」を出生後のものと前提しているし、同主張(四)における主張でも、認知を児童の「生活環境の好転」と位置付け、児童の生活《したがって出生後を意味するであろう。》の変化と見ている。なお、原告の主張においても、この間の事情は同様である。例えば、原告の準備書面(三)の五頁で「本件では、児童扶養手当が前記したとおり母子家庭の所得保障を目的とした制度であるにもかかわらず、同じ母子家庭でありながら、非嫡出子は父に認知を受けたことをきっかけとして支給がストップされ、同じく母子家庭でも婚姻を解消した母に監護養育される嫡出子には支給されるという取扱の差別性を問題にしたものである、と主張している。)からしても、施行令一条の二の三号の括弧内の「父からの認知」が民法七七九条による出生後の子に対する認知(以下「認知」という。)をいうものと考えられるから、以下においては特に断らない限り、胎児認知の場合を除外して検討する。

5  事実婚を含めた意味での婚姻関係にない男女が性的な関係を結び、当該女性が子を懐胎出産した場合、その出産(子からみれば出生)時に法律上の母子関係が発生し、認知があれば当該男性と出生した子との間に法律上の父子関係が発生する。この性的関係、その後の懐胎、その後の出産(出生)=母子関係の発生、その後の認知=父子関係の発生という時系列(発生史)中の母子関係の発生と父子関係の発生とは法律的には同時ではありえず、必ず時を異にして父子関係の発生が後続するものである。したがって、婚外子はその出生時はすべて「認知されていないもの」すなわちA群児童であって、「認知されたもの」すなわち非A群児童は存在しないのである。

なお、被告も、先にも触れたが、争点2に関する主張(三)(3)において「父の不存在という指標に該当する事実がなくなった場合(すなわち父が存在するに至った場合)には、類型的に手当の必要性がなくなったものとする」と主張していて、胎児認知(ただし、被告は「認知」の中には胎児認知を想定していないようである。)を除けば、父の存在=認知が事後的すなわち出生の後に生ずることを暗黙のうちにではあるが前提としていたようにも窺われるのである。

このような親子関係の時系列事実等を前提とすると、出生時にはすべて「認知されていない」A群児童である婚外子を被告の主張するように認知の有無を指標として「認知されていない」A群児童と「認知された」非A群児童とに区別(分類)することはできないし、区別しようとすることは無意味である。仮に、被告の主張するような法規範命題があるとすれば、そのなかの「認知されていない」との文言を無意味なものと見るほかない(仮に、前記の認定請求時を手当の受給資格の判断基準時としても、婚姻外の子は出生時には「認知されていない」から、被告の主張するように「認知されていない」との要件を付加しても、所詮、出生時と同じ状態が継続していることを要件とすることにほかならず、「認知されていない」との要件は不要である。これが要件として必要なのは、認知の存在が受給資格の喪失をいう場合に限られるのである。)し、その場合の規範は、母が事実婚を含めた意味での婚姻によらないで懐胎した児童はすべて出生時に手当受給資格を得るものと理解せざるをえないものである。

また、被告の主張する立場で施行令一条の二の三号によって非A群児童とされたものの母等は、児童の出生時から認知時までの間を含め受給資格が一切なかったと理解するのが自然であるはずである。しかし、例えば、法六条一項の定める認定請求時には非A群児童であっても、必ずA群児童であった時期があるから、同条一項における認定においては、A群児童の間には受給資格があったが、認知により非A群児童となって受給資格を失ったから認定申請時には同資格がないと結論付けるほかないのである。

結局、施行令一条の二の三号が全体として、婚外子の出生とその後に起こる認知という二つの時を異にする事態(指標)を一個の文章(命題)に含ませたうえ、先に発生する出生の時における法律関係の規律を行う(出生時の手当受給資格の発生の有無を定める。)旨の規範を設定したものとの被告の主張するような解釈をすることは、以上のような論理的な破錠や疑問を招来するものである。

そのうえ、被告の主張においても、施行令一条の二の三号による受給資格の存否の判断において、実質的には同号の本文中の「婚外子の出生」との要件事実によって手当の受給資格が発生すると判断し(この段階で結論的な判断があったとも見られるのである。)、この受給資格の存在を前提にして括弧内(本件除外規定)にある「認知」との要件事実の存在(不存在)によって受給資格を失う(失わない)との合計二個の法的判断を行うことを予定していると見ざるをえないのである(この二個の要件事実が同時に発生することは、胎児認知の場合を除いては、ない。)。

これらを要するに、施行令一条の二の三号が全体として一個の手当受給資格の発生要件を定めたものとする被告の解釈は、法論理的にも、同規定に定める要件効果の存否に関する判断個数、同規定の体裁、文言等からしても不自然・不調和なものであり、採用することができない。

6  以上のとおり、施行令一条の二の三号の解釈にあたっては、児童の区分(分類)をするための二つの事態(指標)、すなわち婚外子の出生とその後に起こる認知を切り離して理解するほかない。

すなわち、施行令一条の二の三号は、その柱書、同法四条柱書、五号とあいまって、原告の主張するとおり、本件除外規定以外の文言が、母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童について手当を支給するとの規範(以下「第一規範」という。)を定立し、本件除外規定が父から認知された児童については認知のときから手当を支給しないとの規範(以下「第二規範」という。)を定立したと解釈するほかない。

被告は、本文と括弧書からなるとの体裁をとったのは立法技術上の要請によるものにすぎないと主張するが、先に述べた親子関係の時系列事実、要件事実の存否及び法的効果の付与の判断の各個数等に照らすと、本文と括弧書の二つの規範命題を掲げたことは、法論理的にも必然であったし、親子関係の実態に則した適切なものであったというべきであり、これが単純な法技術上の要請によるものと見ることはできない。むしろ、法文上は本文と括弧書として一個の文章(一個の規範命題)のような体裁をとり、第一規範と第二規範とに明確に分けなかった点こそが、法及び施行令の各規定との形式的な整合性を保持するための法技術であったのではないかと見るべきである。

7  争点1についての被告の主張(二)(1)(2)で述べるところは、そのような規定の構造、配置、叙述の体裁等と調和する解釈が望ましいという意味で、一般的には一応の理由があるものではある。特に、委任立法における法文の解釈においては、委任(授権)の趣旨に沿うように解釈するべきであることも一般論としては正当であるが、その結果、本件におけるような矛盾点等を招来させるなどのことまでを正当化するものではなく、これまで述べた諸点にかんがみ、本件においては被告の同主張は採用できない(委任の範囲に関する主張部分は除く。)。同主張(二)(3)で述べる点は、下位規範の内容を上位規範の解釈根拠とする点は措いても、すでに述べたとおりの問題点があって採ることができない。同主張(二)(4)で述べる点は、前項のとおり理解することの妨げとなるものではない。同主張(二)(5)で述べるもののうち、同(二)(1)(2)と関連する点は右のとおりであり、また第一規範が「児童の父の状況を全く考慮に入れない」ものと非難する点については、同規範の直接的な文言にはいうところの「父の状況」の記載はないが、そこでいう父とは「母が婚姻によらないで懐胎した児童」の父であることが明らかであり、広い範囲で父の状況をとらえているから、被告の非難はあたらない。また、婚外子であることによって手当の受給資格を発生させることが法の構造に沿わないかのような主張も、被告の主張(二)(1)(2)で述べるところとほぼ同様の点をいうものであり、採用し難い。

二  委任範囲の踰越の有無について

1  証拠(甲24から30、41、42、乙4から7)並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる(本項では児童扶養手当法の略称をしない。)。

(一) 内閣は昭和三六年三月四日に第三八回国会(衆議院社会労働委員会)に第一章から第四章及び附則からなる児童扶養手当法案(その内容の一部は別紙(一)のとおり)を提出し、提出理由を「母子家庭等が置かれている経済的社会的状況にかんがみ、父と生計を同じくしていない児童を監護し又は養育する母その他の者に対し、児童扶養手当を支給することによって、児童の福祉の増進を図る必要がある。」とした。

政府委員(厚生政務次官・安藤覚)は同月九日の衆議院社会労働委員会において、同児童扶養手当法案の提案理由を「政府はかねて児童の福祉施策の充実に努めて参ったのでありますが、父母の離婚後父と生計を異にしている児童、父と死別した児童、父が廃疾である児童等については、社会経済的に多くの困難があり、これらの児童を育てる家庭の所得水準は一般的にいって低い場合が多く、児童の扶養の資に困難を見る事例が見られるのであります。政府といたしましては、このような事情に対しまして、社会保障制度の一環として母子家庭の児童及びこれに準ずる状態にある児童について一定の手当を支給する制度を設け、これによって児童の福祉の増進をはかりたいと存じ、この法案を提出した次第であります。」と説明した。

(二) 衆議院社会労働委員会は、昭和三六年六月二日に政府提出の児童扶養手当法案に「一 政府は、本制度の実施にあたっては、その原因のいかんを問わず、父と生計を同じくしていないすべての児童を対象として、児童扶養手当を支給するよう措置すること(本件附帯決議)。二 政府は、児童手当又は家族手当につき、世界の諸状勢を研究しながら将来これが実現につき努力すること。」との附帯決議を付することを決めた。参議院社会労働委員会は同月六日に内閣送付の児童扶養手当法案を審議したが、そのなかで政府委員(厚生省児童局長・大山正)は、児童扶養手当法案に対する附帯決議の第一点(本件附帯決議)は「この児童扶養手当の支給対象となります児童の範囲、その支給要件につきましては、法案の第四条の第一項に列記してございまして、主たる対象は、いわゆる生別母子世帯における児童が対象になるわけでございますが、そのほかに死別母子世帯における児童あるいは父が廃疾の状態にある場合、あるいは父が生死不明である場合というのを法律の各項に列記しておりまして、その他これに準ずる児童で、政令で定めるものというように細目はさらに政令で譲ってあるわけであります。ここで問題になりますのは、たとえば父が母や子を遺棄しているような場合、あるいは父が長期間拘禁されているような場合がやはりこれに準ずるのではあるまいか、あるいはまた、ここには法律上父であり、子であるという関係が要求されているわけでございますが必ずしも法律上そういう関係にない場合であっても、たとえば事実婚の関係でありますとかあるいは未婚の母といったような母子世帯につきましても、やはりこれを支給すべきではないかというようないろいろ問題があるわけでございまして、この附帯決議の第一の御趣旨は、そういうような場合、原因のいかんを問わず、すべて父と生計を同じくしていないような児童を対象としてこれを扶養している者に手当を支給すべきである、こういう御趣旨の御決議であると考えるのであります。」と説明した。

また、同政府委員は同審議のなかで、「それから(児童扶養手当法案)第四条の五号の政令でございますが、……事実婚関係に基づきまして父が子を認知しておらない場合、これは一号から四号までの表現であります父という表現に入りませんので、これはしかし、実際問題としては、救わなくてはいかぬ場合が多いと思いますので、これもやはり準ずる場合に考えてはどうか。もう一つは法律婚あるいは事実婚を問わずそういう婚姻関係でなしに子供がある場合、いわゆる未婚の母といいますか、そういうような場合もやはり実際問題としては生別、死別に変わらない気の毒な場合もあるからそういうものも入れるべきではないかという議論と、そういうのはいろいろ問題があるから、この際に入れない方がいいのではないか、という議論でございますが、先ほど申し上げました衆議院の社会労働委員会の附帯決議等におきましても、そういうものは原因のいかんを問わずすべて入れるべきだ、という御決議もございますので、私どもといたしましては、これらを十分に考えまして検討したい、かように考えております。」とも説明した。

(三) 衆議院社会労働委員会は、昭和三六年一〇月一九日に内閣提出の児童扶養手当法案(内容の一部は別紙(一)のとおり)を原案どおり可決した上、前記(二)の二項にわたる附帯決議を異議を述べる者もなく全委員の賛成により行った。

同法案は同年に成立し、同年一一月二九日に公布され、昭和三七年一月一日から施行された。

内閣は昭和三六年一二月七日に児童扶養手当法第四条第一項第五号等に基づく政令(その内容の一部は別紙(二)のとおり)を制定し、昭和三七年一月一日から施行した。

(四) 政府は昭和六〇年に児童扶養手当法の一部を改正する法律案(その内容の一部は別紙(三)のとおり)を国会に提出したが、これが修正を受けた上改正法が成立し現在に至っている。

なお、厚生省は昭和六〇年の児童扶養手当法の一部を改正する法律案について昭和五九年四月に「児童扶養手当法の改正について」(問答)と題する小冊子を発行したが、そのなかで「いわゆる『未婚の母』を支給対象から除外する理由如何。『未婚の母』であっても子に責任はなく、『未婚の母』であるかどうかで差別するのは、子どもの人権や法の下の平等に反するのではないか。」との問を設定し、これに対し「児童扶養手当は、正式の婚姻をした夫婦とその子どものいる通常の家庭で、夫が死別し、或いは夫と離婚した場合に、残された母子の生活の安定と自立を援助するために母に支給するもので、すべての児童を対象とした児童手当制度とは違います。『未婚の母』とは、結婚をしないで子どもを作った女性のことですが、このような女性には、実際には、夫なり、子の父親に当たる人がおられる場合が多いので、今回の改正で受給をご遠慮いただくこととしたのです。現在の制度でも父が子を認知すれば支給対象になっていませんし、いわゆるおめかけさんまで税金による手当が受けられることについて、これまでいろいろ批判もありましたので、今回改めることにしたのです。」との回答を掲げたが、このような考えによる昭和六〇年の改正案部分は先のとおり改正が実現するには至らなかった。

以上の事実が認められる。

2  右に認定した児童扶養手当法の制定時の国会における審議の内容、法規定の内容、本件附帯決議、昭和六〇年の改正法案等、改正の内容、現行法の規定内容からして、法は、手当の支給対象となる児童を「父と生計を同じくしていない児童」としてその範囲を限定せず法の目的を一条で掲げており、二条以下でその目的のための諸規定を整備し、施行令にその範囲の定めを委任したものであり、本件附帯決議にもかんがみると、施行令一条の二の三号が定めた第一規範は法の目的に合致し、法四条一項五号の委任の趣旨に沿うものということができる。

被告は、法四条一項一号から四号が受給資格を限定列挙したと主張し、法の性格、趣旨、目的からして、そこで規定された者のみが具体的に手当の受給資格を得るという限りでは、被告の主張するとおりではある。しかし、法四条一項一号から四号の各規定は、児童の父の状態に着目して四つの状態を取り上げた程度のもので、その間に系統性とか類型性とかが窺われるものではないし、法一条の目的からしても、四条五号の「その他前各号に準ずる状態」との文言に照らしても、受給資格を限定列挙したものとは理解し難い。たとえば、施行令一条の二の一号の児童、同二号の児童を定めるにあたって法四条一項一号から四号の規定がいくらかでも識別・類型化機能を果たしているとは考えにくいところであり、施行令一条の二の各号はむしろ端的に「父と生計を同じくしていない児童」の例を取り上げ規定したと考えるほかないものである。

このように見てくると、法四条一項五号は「父と生計を同じくしていない児童」を具体的に規定することを施行令に委任したと理解するほかはない。被告の主張するように、法四条一項一号から四号が受給資格を限定列挙したものとすると、現行(口頭弁論終結日である平成一〇年二月一八日現在)の施行令一条の二の三号は、明らかに法の委任の範囲を超える違法のものであり、これが裁量として許容されるとする余地はないというべきである。

そうすると、施行令一条の二の三号は、法の目的に沿って法四条一項五号の委任の趣旨どおりに第一規範を定立したものというべきところが、本件除外規定において、父からの認知(被告の主張においても、これが当該児童の具体的な経済状態に変動をもたらすかどうかは問わないで)があれば、児童が「父と生計を同じくしていない児童」であっても手当の受給資格を喪失するとの第二規範の定立を行ったため、これが法からの委任の範囲を超えて政令を制定した違法のものといわざるをえず、無効視せざるをえない。

三  本件除外規定の無効宣言の可否

以上のとおり、施行令一条の二の三号は、第一規範において婚外子の児童にはすべて出生時に手当の受給資格を与え、第二規範においてその後認知を受けた児童には認知の時から受給資格を否定したものということができる。したがって、第二規範の効力を否定しても、なんら新たな規範の定立はなく、第一規範がその完全性を回復するにすぎない。

この関係は、争点1についての被告の主張(三)の第二段階で被告が述べるところと同様であり、被告の主張によっても、前段のように判断宣言することは裁判所の判断限界を超えるものではない。

四  まとめ

そうすると、本件除外規定による第二規範は無効であるから、原告の子について原告は依然として手当受給資格を保持しているというべきであり、原告がこれを喪失したとの確認をした本件処分はその余の判断をするまでもなく違法であり、その取消を免れない。

第五  結論

以上の次第で、原告の本件請求は理由があるから正当として認容することとする。

(裁判長裁判官大出晃之 裁判官磯貝祐一、裁判官吉岡茂之は填補のため署名押印できない。裁判長裁判官大出晃之)

別紙(一)〜(三)〈省略〉

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